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2006年甲子園特集

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山形大会優勝 : 日大山形(8年ぶり14度目)
■参加校 : 56校(+1) 
※()内の数字は前年比
組み合わせ(PDF)
■春季大会優勝 : 日大山形
■昨夏代表 : 酒田南
※組み合わせ表は、pdf(portable document format)形式です。
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7月28日付紙面

日大山形8年ぶり甲子園

<山形大会:日大山形8-2東海大山形>◇7月27日◇山形県野球場

7回表1死二塁、井上の二塁打でホームに生還した常川は天に向かってほえる
7回表1死二塁、井上の二塁打でホームに生還した常川は天に向かってほえる
日大山形Vへの足跡
2回戦 11-1 鶴岡中央
3回戦 9-0 新庄北
準々決勝 3-2 山形商
準決勝 12-0 酒田東
決勝 8-2 東海大山形

 日大山形が13安打の強打で東海大山形を8-2で下し、8年ぶり14度目の優勝を飾った。初回表、庄司貴胤左翼手(3年)が先頭打者弾で口火を切った。同点の6回無死三塁で主将の4番常川知也一塁手(3年)が決勝の中前打、7回1死満塁でも走者一掃の左中間二塁打を放ち、4打点の活躍だった。元アマ日本代表の強打者、荒木準也監督(34)は02年11月の就任後、初の甲子園に導いた。

 泥だらけの主将が、チームを勝利に導いた。3-1と日大山形リードで迎えた7回表1死満塁のチャンス、打席に常川が立った。「1、2、3番がつないでくれたので、今まで以上に気合が入った。外野フライでもいいと思った」。打球は8年ぶりの甲子園への夢を乗せ、山形の青空に舞い上がった。

 「いいところに落ちてくれ」。祈る気持ちが通じたのか、打球は左中間を破り、走者一掃の二塁打となった。貴重なタイムリーにベース上で何度もガッツポーズを繰り返した。1-1の同点で迎えた6回には「体中に震動がきた」という勝ち越しの中前打で均衡を破った。この大一番で4打点をたたき出す活躍に、荒木監督も「勝負強さを持っている」とたたえた。

 ブルペンキャッチャーとしてベンチ入りした1年の夏、チームは初戦で米沢中央に1-12の7回コールド負けを喫した。「悔しくて悔しくて、その夏は本当に厳しい練習をした。あの負けが今日までの原動力となっている」と振り返った。試合前、緊張のためか普段より1時間早い6時に起床した。同校の4番打者として高校通算30本塁打を放った兄幸太郎さん(関東学院大3年)に電話して「リラックスして打ってこい」と受けたアドバイスを生かした。

 常川に象徴される強力打線は初回表、いきなり庄司が先頭打者本塁打を放つなど、相手を圧倒した。試合前、荒木監督は好投手土谷対策として「内角をつぶせ。当たってもいいという気持ちで踏み込め。ラインぎりぎりに立ち、インコースは捨てて外のストレート中心に狙え」と指示した。

 選手はそれを実践、相手に向かっていった。試合後、応援席へあいさつをした後、感極まって涙を流した常川は「本当にみんなすごい。山形の敗れたチームのためにも甲子園で校歌を歌いたい」と誓った。日大山形が今大会打率3割6分9厘の攻撃力を、8年ぶりの全国舞台で発揮する。【塩谷正人】

 ◆日大山形 1958年(昭33)山形一高として創立された私立校。生徒数は1680人(うち女子581人)。野球部は創立された58年創部。部員数は59人。甲子園出場は夏14度目、春は3度。主なOBは広島の栗原健太、サッカーJ2山形の高橋健二、お笑い芸人テツ&トモのトモら。所在地は山形市鳥居ケ丘4の55。名古屋逸校長(61)。


 

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