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2006年甲子園特集

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西東京大会優勝 : 早実(10年ぶり27度目)
■参加校 : 118校(-3) 
※()内の数字は前年比
組み合わせ(PDF)
■春季大会優勝 : 日大三
■昨夏代表 : 日大三
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7月31日付紙面

早実サヨナラ!10年ぶり夏

<西東京大会:早実5-4日大三>◇7月30日◇神宮

延長11回221球を投げ抜いた早実のエース斎藤はナインから胴上げされた(撮影・柴田隆二)
延長11回221球を投げ抜いた早実のエース斎藤はナインから胴上げされた(撮影・柴田隆二)
早実Vへの足跡
2回戦 3-2 昭和
3回戦 11-2 小川
4回戦 11-2 府中西
準々決勝 7-3 東海大菅生
準決勝 5-4 日大鶴ケ丘
決勝 5-4 日大三

 3時間48分の熱闘を制したのは早実だった。早実が延長11回、サヨナラ勝ちで4連覇を狙った日大三を破り、10年ぶり27度目、西東京代表として初の夏出場を決めた。センバツでも好投したエース斎藤佑樹(3年)が11回、221球の熱投を演じ、船橋悠(3年)がV打。直線距離で約600メートル先の病院に入院中している母校の大先輩、ソフトバンク王貞治監督(66)に歓喜を届けた。テレビ観戦していた王監督もナインにエールを送っていた。

 ベンチで斎藤は思わず叫んでいた。「まじかよ!」。4-4の同点で迎えた延長11回裏。午後1時2分に始まった決勝戦は5時にさしかかろうとしていた。1死三塁。打席に立った船橋が迷わず初球をたたく。打球は快音を残してセンター前へ。その瞬間、三塁側ベンチから早実ナインが一斉に飛び出す。笑顔と歓喜がはじけ飛んだ。

 早稲田の応援歌「紺碧の空」の歌声が球場にこだまする。表彰式後、早実大応援団の前で和泉実監督(44)の胴上げが行われ、大声が球場を包み込んだ。徒歩数分の距離にある病院でテレビ観戦していた王監督にも届け-とばかり、応援歌は鳴りやまなかった。

 エース斎藤が最後までマウンドを守った。1回、先頭打者の荒木郁也(3年)に三塁打を浴び、守備も乱れて2点を失う。3回にも1点を失ったが「硬さが取れた」と5回から9回まで3安打8奪三振と立ち直る。決勝前日(29日)、キャッチボールをした父寿孝さん(57)のアドバイス通りの投球に変わった。「普段通りにやれ。力んでも何にもならない」。8回には3者三振で決勝戦の流れを引き寄せた。

 10回には無死一、二塁で送りバントの処理を焦り、三塁へ悪送球。勝ち越し点を許したが「仲間が必ず逆転してくれる」と後続を断ち切った。その裏、川西啓介(2年)が起死回生の同点二塁打。再び追いつき、準決勝までチーム首位打者と打撃好調の5番船橋が「斎藤の体力を考えるとここで決めなきゃ…」と11回にサヨナラ打で決めた。

 斎藤の名を全国にとどろかせた今春のセンバツ。関西(岡山)との延長15回引き分け試合を1人で投げ抜いた。翌日も救援で7回を投げ、2日間で22回、334球。そのスタミナはこの日も生きていた。「負ける気がしなかった」。自己最速タイの149キロ、熱投221球。斎藤は「センバツで甲子園の土を持って帰らなくて正解だった」と口にした。そして「(王監督には)そばで見守ってくれてありがとうございます」と感謝の言葉を並べた。

 4連覇を狙った日大三の牙城を崩し、昨夏準決勝でコールド負けした借りを返した。和泉監督も涙をこらえきれなかった。「早実の監督としては、とにかく向こう10年勝てなくても、今年だけは勝たせてくれというくらいの気持ちがあった。そういったプレッシャーもあった」。病床の大先輩にも勝利の朗報を届けた。「今日の勝ち方を見ていると(王監督に)後押ししてもらっている気がします」。激闘を制した早実が、春に続いて再び甲子園の大舞台に帰ってくる。


 ◆早稲田実業 1901年(明治34年)創立の私立校。生徒数は1215人(うち女子360人)。野球部は1905年創部。部員数は68人。校舎移転に伴い、01年より東東京から西東京に移る。甲子園出場は10年ぶり27度目(春は18度出場)。主なOBはソフトバンク王監督、元横浜監督の大矢明彦氏、西武荒木大輔投手コーチら。所在地は東京都国分寺市本町1の2の1。渡辺重範校長(63)。


 

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