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2006年甲子園特集

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佐賀大会優勝 : 佐賀商(2年連続14度目)
■参加校 : 41校(0) 
※()内の数字は前年比
詳細速報 / 組み合わせ(PDF)
■春季大会優勝 : 鳥栖
■昨夏代表 : 佐賀商
※組み合わせ表は、pdf(portable document format)形式です。
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7月27日付紙面

佐賀商2年連続14度目V

<佐賀大会:佐賀商10-4佐賀西>◇7月26日◇みどりの森県営

2年連続優勝を飾った佐賀商ナインは校歌を歌い終えスタンドに駆け出す
2年連続優勝を飾った佐賀商ナインは校歌を歌い終えスタンドに駆け出す
佐賀商Vへの足跡
2回戦 11-0 杵島商
3回戦 11-6 唐津東
準々決勝 8-0 鹿島
準決勝 6-4 鳥栖
決勝 10-4 佐賀西

 佐賀大会決勝は、佐賀商が2年連続14度目の甲子園出場を決めた。1点差に詰め寄られた8回。中山亮主将(3年)が突然、過呼吸と熱中症でベンチでダウン。チームリーダーの一大事に一丸となったナインは、この回5安打を集中。打者10人の猛攻で5点を追加し、佐賀西を振り切った。

 佐賀商・中山主将の涙にナインが団結した。1点差と詰め寄られた8回の攻撃。守りを終えてベンチに下がった中山が、熱中症と過呼吸でダウンした。「あと1回だから試合に出してくれ」。寡黙な男がベンチから担架で救急車に運ばれる途中の涙声が、選手のハートに火をつけた。

 8回1死一、三塁。中山と大親友の西村昴樹(3年)が中前適時打で貴重な追加点をたたき出すと、この回5安打を集中させ5点を追加。試合を決めた。西村は「中山はいつもチームのことを心配していたので何とか打ってやりたかった」。新チーム結成後、中山の提案で、今までなかった選手ミーティングを練習後に実施。野球の話はもちろん、勉強や生活面などの問題でも全員で「対話」しながら団結力を高めた。

 そんな仲間から連覇の朗報が届いたのは球場横で待機していた救急車内だった。中山は「表彰式に出る」と言い張り、ベンチに戻った。再び姿を見せた中山に3回に2点適時打を放った田中龍二副主将(3年)は「やったぞ」と声を張り上げた。仲間に背負われ表彰式に整列した中山は、笑顔で優勝旗を受け取った。

 「甲子園勝利」がナインの合言葉だった。中山、田中ら昨夏の甲子園経験者は7人。しかし、昨夏は1回戦(対聖光学院)で9回1死まで無安打無得点に抑えられ、結局1安打の完封負け。0-11と大敗した。94年夏には全国制覇を果たした名門校にとっては屈辱だった。中山は「今日はみんなに迷惑をかけた。借りは甲子園で返したい。県大会の優勝はあくまで通過点。今年は甲子園で勝つという意識でやってきた」と言葉を残し病院に向かった。田代孝監督(39)は「みんながよく粘って8回に相手を突き放した。中山もよくチームを引っ張ってきた」とうなずいた。主将とともに一丸となった佐賀商が、リベンジの舞台にたどり着いた。【浜崎孝宏】

 ◆県立佐賀商 1907年(明治40)佐賀市立佐賀商業学校として開校。22年から県立校に。商業科、国際経済科、情報処理科があり、生徒数は874人(女子536人)。野球部は21年創部。部員57人。甲子園は春6回、夏は14回目(94年夏に全国制覇)。おもなOBに元西武の新谷博。所在地は佐賀市神野東4の12の40。川副正文校長(58)。


 

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