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2006年甲子園特集

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沖縄大会優勝 : 八重山商工(初出場)
■参加校 : 63校(+1) 
※()内の数字は前年比
詳細速報 /  組み合わせ
■春季大会優勝 : 中部商
■昨夏代表 : 沖縄尚学
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7月17日付紙面

八重山商工が春夏連続出場!

<沖縄大会:八重山商工7-3中部商>◇7月16日◇沖縄市

初優勝を飾り春夏連続の甲子園出場を決めた八重山商工。大嶺はナインに胴上げされ笑顔で宙を舞った(撮影・藤尾明華)
初優勝を飾り春夏連続の甲子園出場を決めた八重山商工。大嶺はナインに胴上げされ笑顔で宙を舞った(撮影・藤尾明華)
八重山商工Vへの足跡
1回戦 8-2 北谷
2回戦 4-3 糸満
3回戦 9-2 豊見城
準々決勝 4-0 前原
準決勝 1-0 浦添商
決勝 7-3 中部商

 沖縄大会決勝は、八重山商工が中部商を7-3で下し、春夏連続の甲子園出場を決めた。エース大嶺祐太(3年)は、140キロ台の直球を武器に155球の熱投。9回8安打3失点、9奪三振の完投勝利で締めた。打線も金城長靖(3年)が8回にダメ押し2ランを放つなど12安打7得点で大嶺を強力援護した。センバツでは優勝した横浜に2回戦で1点差負け。離島勢として初めて沖縄の夏を制覇した八重山商工が春の雪辱とともに全国制覇を狙う。

 夏の沖縄は八重山商工が制した。エース大嶺が、決勝戦で今大会、自身最多の155球を投げ抜いた。9回8安打3失点。「中部商にはずっと負けていたので、最後で勝ちたいという気持ちが勝利につながった。みんなとまだ長く野球がしたいと思って投げた」。昨秋から公式戦2戦2敗の天敵に雪辱の完投勝利で初優勝をもぎ取った。

 初回から140キロ台の直球を内外角にビシビシ投げ分けた。3回までに6奪三振。3回1死。中部商のプロ注目捕手・伊佐啓太(3年)から外角直球で見逃し三振を奪うなどエンジン全開だった。「気持ちで相手に負けないように言い聞かせた。三振も取れたし、打たせて取る投球もできた」。ちょっぴり疲れの出た7回には3点を失ったが、自らを鼓舞するように胸をたたきながら何度も気合を入れ直した。

 伊志嶺吉盛監督(52)の試合前の言葉が胸に響いた。「お世話になったじいちゃん、ばあちゃんにいいところを見せてやれよ」。大嶺は家庭の事情で3歳から祖父母に育てられた。5人兄弟の長男でもある大嶺は、スタンドから見守る祖父武弘さん(67)の前で成長した姿を見せた。「勝った試合を見せられてよかった。恩返しはまた甲子園でやりたい」。感謝の気持ちをマウンドで体現した。

 大嶺の好投を打線も強力援護した。4番羽地達洋(3年)が初回に先制打を放てば、8回には準決勝(対浦添商)で先発した金城長靖(3年)が中堅後方のスコアボード直撃の特大2ラン。伊志嶺監督は「ウチは大嶺が投げて、金城、羽地が打てば勝てる」と看板3選手の活躍に目を細めた。

 「甲子園で優勝したい」。センバツでは優勝した横浜に2回戦で1点差負け。春夏連続の甲子園が決まった石垣島の剛腕は、全国制覇を誓った。【浜崎孝宏】

 ◆県立八重山商工 1967年(昭42)に開校。3年は機械科、電気科、商業科、人文科。昨年1月に学科を改編し1、2年は機械電気科、情報技術科、商業科(観光、会計システム、情報ビジネスの3コース)。生徒数は489人(女子244人)。野球部は開校と同時に創部、部員数は33人。おもなOBに俳優の大地康雄。所在地は石垣市真栄里180。添石邦男校長(59)。


 

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