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2006年甲子園特集

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鹿児島大会優勝 : 鹿児島工(初出場)
■参加校 : 89校(-2) 
※()内の数字は前年比
詳細速報 / 組み合わせ(PDF)
■春季大会優勝 : 神村学園
■昨夏代表 : 樟南
※組み合わせ表は、pdf(portable document format)形式です。
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7月22日付紙面

鹿児島工が初出場!

<鹿児島大会:鹿児島工8-7鹿屋>◇7月21日◇県立鴨池

初優勝を飾った鹿児島工の中迫監督はナインから胴上げを受け歓喜の表情
初優勝を飾った鹿児島工の中迫監督はナインから胴上げを受け歓喜の表情
鹿児島工Vへの足跡
2回戦 14-0 南大隅
3回戦 11-1 岩川
4回戦 10-1 大口
準々決勝 5-4 宮之城
準決勝 5-4 川内
決勝 8-7 鹿屋

 鹿児島大会決勝は、ソフトバンク川崎宗則内野手(25)の母校・鹿児島工が、うれしい初優勝を飾った。2回に打者12人の猛攻で一気に7点。序盤のリードを守り切り、春夏通じて初の甲子園出場を決めた。

 先輩のソフトバンク川崎に鹿児島工ナインが、甲子園切符の朗報を届けた。最後の打者の鋭いライナーを2番手下茂亮平(3年)がウイニングボールに変えた。中迫俊明監督(47)は泣きながら歓喜のガッツポーズだ。「うれしくて言葉がありません。自分にはチャンスがないのかな、と思った時期もあった。甲子園はみんなの夢だった。3年生がひとつにまとまっていた」。98年には前任校の川内で惜しくも準優勝。当時のエース、巨人木佐貫洋(26)からも前夜、激励の電話を受けた。監督歴13年目の栄冠。中迫監督は大観衆の前で男泣きした。

 チームの大黒柱・鮫島哲新主将(3年)が反撃の口火を切った。1点を追う2回。左翼線二塁打で出塁すると4連打で逆転。相手のミスも絡んでこの回、6安打、打者12人の猛攻で大量7得点。鹿屋のエース篠原秀平(3年)を打ち崩した。昨年末に自主トレで母校を訪れた川崎に甲子園出場を託された鮫島は「(先輩に)やりましたと言いたい。期待されていたし、必死の思いで頑張った」と声を弾ませた。

 ある出来事がチームを変えた。6月中旬。大分遠征を行い、柳ケ浦と練習試合で2連敗。気迫の見えない3年生に中迫監督は「今年の夏は新チームで戦う」と突き放した。翌日、3年生が部室で5時間のミーティング。「これで終わりなのか」と3年生は危機感を募らせ涙した。3年生全員で100本の坂道ダッシュを行った後、鮫島が中迫監督に「野球をやらせてください」と代表して頭を下げた。この日の先発メンバーに3年生は8人いた。「胴上げ投手」となった下茂副主将は「あれが3年生をひとつにしたと思う。僕が一番泣いていたと思います」と振り返った。

 25年間、「御三家」(樟南・鹿児島実・鹿児島商)に阻まれた夏切符を見事に奪った。歴史を変えた鹿児島工ナインが、今度は甲子園で旋風を巻き起こす。【浜崎孝宏】

 ◆県立鹿児島工 1908年(明治41)、鹿児島郡立徒弟学校として開校。2度の校名改称を経て、49年(昭24)に現校名になった。工業I類(電子機械科、電気技術科、工業化学科、情報技術科)、工業2類(建築科、建築技術科、インテリア科)がある。生徒数は1066人(女子103人)。野球部は21年に創部。部員数83人。おもなOBにソフトバンク川崎。所在地は鹿児島市草牟田2の57の1。瀬田豊文校長(59)。


 

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