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2006年甲子園特集

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東東京大会優勝 : 帝京(4年ぶり9度目)
■参加校 : 参加校144校(0) 
※()内の数字は前年比
組み合わせ(PDF)
■春季大会優勝 : 日大三
■昨夏代表 : 国士舘
※組み合わせ表は、pdf(portable document format)形式です。
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8月1日付紙面

「足攻」で帝京9度目の出場

<東東京大会:帝京5-3国士舘>◇7月31日◇神宮

優勝し抱き合って喜ぶ帝京ナイン
優勝し抱き合って喜ぶ帝京ナイン
帝京Vへの足跡
3回戦 11-0 東農大一
4回戦 19-0
5回戦 11-3 岩倉
準々決勝 13-0 大島
準決勝 9-2 足立新田
決勝 5-3 国士舘

 帝京が最後まで走り続けて、4年ぶり9度目の出場をつかんだ。「打の帝京」から「走の帝京」へと変わり甲子園にたどり着いた。6試合で48盗塁という数字がそれを物語った。

 準決勝まで1試合当たり9盗塁。さすがに警戒されていた。3回は塩沢が二塁でけん制死、4回はバスターエンドランを読まれ、不破が刺された。思うように走れない。だが走る構えで投手にプレッシャーをかけ続け、計12四死球を選んだ。5得点はすべて四球絡み。数字には表れない「足攻」が得点につながった。

 「打の帝京」を捨ててたのは春の都大会準々決勝で日大鶴ケ丘に敗れた後。選手たちには「打って勝つのが帝京野球」というイメージがあった。だが結果が出ない。落ち込んだ選手に前田三夫監督(57)が「走ってみろ。動かないと点が取れない」とヒントを与えた。長打を捨て、足で1点を取る泥臭い野球を目指した。1番の不破卓哉外野手(3年)も「昔の帝京は打って勝っていた。でも実力がないので走ることにしました」と、足にすべてをかけていた。

 チームは1試合ごとに成長した。「今年は甲子園は無理とあきらめたこともあった。でも大会中に面白いチームになりましたよ」と前田監督。絶対的なエースも長距離砲もいない。それでも勝てる足がある。新たな帝京が夢の舞台でも走り続ける。【小松正明】

 ◆帝京 1943年(昭18)帝京中学として開校の私立。生徒数811人(うち女子201人)。野球部は49年(昭24)に創部。部員数47人、夏は4年ぶり9度目の出場。89、95年夏に全国優勝。主なOBは楽天吉岡、ヤクルト伊東コーチ、三沢。東京都板橋区稲荷台27の1。金野眞行校長(62)。


 

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